「ありがとう。今日は、迷子みたいに音があちこちいっているみたいだね?」

「まいごじゃないもん」

「はは、そうだね。だが、何か迷っているようには聴こえたよ」

「…あのね、ゆうなちゃんのほうが速くてすごいの弾いてるの」

「ほう、お友達かな。それで?」

「それがいやなの」

「いやなのか。どんなところがいやなのかな?」

「…みなよりすごいのが、いやなの」

「なるほど、ゆうなちゃんと比べてしまっているってことかな。それで、きみはどうなりたいんだい?」

「みなは…おなじのがひきたいの」

「そうか。同じくらいすごいのを弾けるようになりたいんだね。それってステキなことじゃないか」

「…ぜんぜんすてきじゃない。わたしのほうがヘタなのがヤなの」

「つまり、もっと上手になりたいってことだろう?」

「…みなは、ゆうなちゃんみたいに…すごいっていわれたいの」

「そうだね。だれでもすごいって言われたいし、言われたら嬉しい。だからがんばれるところもある。でも、誰かと比べてしまうと、どうだい?どんな気持ちになったかな」

「…わかんない。いやになった」

「そう。いやになって、自分はだめだって思うこともある。すごい人はいくらでもいるからね。がんばってがんばって、それでもまだまだ…すると、どうだろう。どんどん苦しくなる。終わりがないからね。誰かと比べ続けながらがんばるのは、すごく辛いことなんだよ」

「…うん、がんばってるのに…」

「もちろん、あの子みたいになりたい!って素直に認められれば一番だよ。でも、それって結構むずかしい。人を認めるって、おとなでもむずかしいんだよ。じゃ、どうすればいいだろうか?」

「わかんない」

「ひっくり返すんだよ。誰かを認める、じゃなくて?」

「…だれかじゃなくて…うーん、わかんない!」

「…ほら」

「えっ、みな…?」

「そうだよ。誰かじゃなく、自分を認めることからはじめるんだ。いいかい、よく聞くんだよ。君はそのままで素晴らしい。そのまんまですごいんだよ」

「…」

「そのことがわかるとね、誰かを素直に認められるようになる。お友だちとかね。もちろん、時間はかかるだろう。だがそれができると、どんどん伸びていける。言われようと思わなくても、自然にすごいねって言われるようになる」

「そうかな…」

「そうとも。いいかい。君がすごいってことは、君が『自分で』知っていればいいんだよ。それが、自分を信じるってことだ。それがね、じんわりと心にしみわたっていくと、いろんなことを素直にいいな、と思えるようになる。人の話を素直に聴けるようになる。私はまだまだできる!って思える。それが学ぶってことだ」

「できるかな…」

「もちろんだよ。でも気を付けたいことがある。それは自分はエライんだと天狗になることとは違うってことだ。逆だよ。自分を信じている人は、人にやさしいんだ。素直に認められるからね」

「…わかった」

「いい目になったね。よし、じゃもう一回、最初から弾いてみようか」

(この連載は、フィクションです)