「ありがとう。素敵に弾けていたね。なにか、いいことがあったんだね?」
「うん、どうしてわかるの?」
「音を聴けばね、だいだいわかるんだよ」
「みーちゃんね、きょうね、ようちえんでこうたくんがね、おはなのおりがみをくれたの」
「ほう、それは素敵だね。どんな気持ちだった?」
「うれしかった」
「そうだろうね。嬉しかったのは、おりがみをもらったからなんだね?」
「そう、むらさきいろの、はすのはな。すごくじょうずなの」
「とてもいいね。もしかして、もらったものがまだあるんじゃないかな?」
「…それだけだよ?」
「たぶん、君はこうたくんの『心』をもらったんじゃないかな?」
「こころ?」
「そう。人の胸にはね、心っていう、見えないけど素敵なものがあってね。それを誰かに差し出すと、受け取った人が嬉しくなる」
「こうたくんがくれたのは、おりがみだよ?」
「そうだね。でも、おりがみを折っているときに、こうたくんは誰を思っていただろう?」
「うーん…みーちゃん?」
「そうだよね。君を思っていた時間が、たしかにあったんだね。それは見えないけど、ちゃんと届いているだろう? 君の胸に」
「うん、なんかあったかい。うれしい」
「だれかに何かをあげるってね、ものだけじゃないんだ。君の笑顔も、ピアノを弾いてあげることも、ありがとうっていう言葉も、だれかの幸せを願うことも、ぜんぶそうだよ」
「でも、みーちゃんなら、キラキラしたほうせきとか、そういうのがいいな」
「はは、そうだね。誰かを思うこと、大好きっていう気持ち、大切に思う心。それは宝石くらいキラキラしているよ」
「わたしも、だれかにあげたいな」
「君は、もうあげているよ。君が生まれてきたことが、この世界への最高のプレゼントなんだ。君がいるだけで、君が笑うだけで、世界は幸せに包まれるんだよ」
「?」
「もちろん私もだよ。君がピアノを弾いてくれると、わたしは幸せになれる」
「みーちゃん、ピアノすき」
「そうだね、知ってるよ。全部、音になって教えてくれるからね。君の気持ちも、眠たいことだって分かるんだよ」
「せんせい、まほうつかいみたいね」
「はは、そうかもね。でも本当の魔法使いは、私じゃなくて、ピアノなんだよ」
「ピアノが?」
「そう、同じピアノでも、違う人が弾くと、ぜんぜん違う音がする。同じ人が弾いても、今日と明日ではまた音が違う。それって、魔法みたいだなって思うよ」
「せんせいのおとは、おはじきみたい、ころころしてる」
「そうか、ありがとう。ピアノの音が、みんな違うのはね、君と私が違うのと同じ、君も私も世界で一人しかいないのと同じだよ。だからピアノの音も、自分も、大切にするんだよ」
「きょうのわたしのおと、どんなかな」
「そうだね。じゃ、次の曲を聴かせてもらおうかな」
(この連載は、フィクションです)