「先生、こんど授業で、『幸せってなんだろう?』っていうテーマで話し合うんです」
「ほう、それは興味深いテーマだね」
「自分で考えてきて、みんなで話し合って、答えを探してみよう、みたいなやつで…」
「なるほど」
「でも、考えても、なんだかよくわからなくて…」
「素晴らしい授業だね。ただ、私の考えはこうだ。幸せは探すものじゃない」
「え、そうなんですか?」
「そう、いつも、すぐそばにある」
「・・・」
「考えてみようか。たとえばキミにとって、今なくなってしまったら悲しいものはなんだろう?」
「え、うーん・・・こないだ買ってもらったゲーム・・・かな」
「はは、なるほど。それがなくなったら、さぞかし悲しいだろうね。じゃあ、そのときどんな気持ちになるだろうか?」
「がーん!って感じで、もう生きていけないって感じ」
「そう、辛いよね。私もピアノがなくなったら、生きていけないかもしれない」
「先生は、ピアノか・・・」
「それじゃね、なくなったゲームが返ってきた。どんな気持ちになる?」
「やったー!って感じ。ギューってもう離さない。超うれしい」
「ほら、それが幸せってことだよ」
「え?」
「人はね、それがなくなってはじめて、その大切さに気付く。それが『ある』のが当たり前、と思っているから気づきにくいんだね」
「・・・」
「ありがとうは、『有ることが難しい』と書く。当たり前じゃないから有難う、なんだね。今目の前にあるもの、今できること、すべては『有り難い』ことであり、それを心の奥でじんわり味わうことが『幸せ』なんだよ」
「・・・はい」
「ごはんが食べられる、本が読める、ピアノが弾ける、当たり前だと思っていたこと全部だよね。命があること、今生きていること、すべてが奇跡だと思うよ」
「そっか・・・」
「キミが生きている今日という日は、誰かがどうしても生きたかった一日、誰かが心から夢見ていた一日なんだね」
「・・・いま生きてることが、しあわせ」
「気づいたね。幸せっていつもすぐそばにあるってことに」
「はい」
「それからね、幸せを味わう簡単な方法がある。なんだろう?」
「うーん」
「それはね、笑うことだよ」
「笑う、こと?」
「笑っているときは、喜びの気持ち以外、なにも感じないよね。それは、笑うことが幸せそのものだからだ。そしてね、キミが笑顔でいるだけで、周りの人も幸せになれる。笑顔は一秒でできる最高の贈り物だと思うよ」
「へえ・・・」
「それからね、誰かのために何かすると、幸せはどんどん大きくなっていく」
「・・・?」
「たとえば、キミがお母さんからのお使いをして、ありがとうって言われたら嬉しいだろう?」
「はい」
「そのとき、心にじんわり感じるもの。それが幸せだよ」
「・・・このあいだ、バスでおばあちゃんに席を譲ってあげたら、すごく喜ばれました」
「きっと、心がじんわりあったかくなったんじゃないかな?それが幸せの正体なんだね」
「そっか・・・はい」
「友だちが一人でいたら誘ってあげる、困っている人がいたら助けてあげる。何もあげられないなら、優しい言葉でも、笑顔でもいい。誰かのために何かをすることは、まわりまわって、自分の幸せになっていく」
「・・・いいなあ、そういうの」
「それから最後にね、もう一つだけ」
「はい」
「幸せとは、いつも自分を楽しませること」
「自分を?」
「そうだ。キミが生まれた理由は、キミという一度しかない人生を楽しみ、深く味わうためだ。喜びも怒りも哀しみも、すべて味わうと幸せに行きつく。それが、生き切るということだ。いいかい、外側じゃない。すべての幸せはいつもここ、キミの中にある」
「・・・なんとなくだけど、わかった気がします」
「長くなってしまったね。おしゃべりはこのくらいにして、ピアノを弾いてみようか。私にとって、最高に幸せな時間の始まりだ」
(この連載は、フィクションです)